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膀胱上皮内癌

先日、数年前から頻尿、夜間頻尿で他院泌尿器科通院中もなかなか症状が改善せず、時に激痛も出現したりするとのことで60歳代の男性が来院されました。診断名は慢性前立腺炎とのこと。普段は前立腺肥大症によく使用されるα-1受容体阻害薬や漢方薬を処方されて、服薬中とのこと。症状悪化時には屯用で抗生剤を服用しながら経過を見てきた様です。夜間頻尿は5-6回、日中は尿意の切迫感があり、仕事にも支障をきたしているとのことで、かなり深刻な状況です。慢性前立腺炎は良性疾患で、それが原因で命にかかわることは通常ありません。通院中の主治医には、ストレスが原因と一蹴されてしまったようです。確かに慢性前立腺炎は、メンタルとの関連があることは有名な話で、難治性慢性前立腺炎には抗うつ薬や抗不安薬を使用することで緩解するケースも多々見受けられます。泌尿器科専門医がそう言っているのなら、だいたい見解は一緒になるので、処方される薬剤も限られてきます。そう思いながらも、私は今回お初にお目にかかる患者さんであり、病歴聴取はものすごく重要ですが、先入観や色眼鏡で診察することは思わぬしっぺ返しを食らう恐れがあるため、ニュートラルに診なければ、と尿路エコー、尿流量測定、腹部理学的所見や直腸診での前立腺の触診もすべてまっさらな状態で行いました。引っかかった所見としては、残尿が115mlと多かったこと、膀胱内には明らかな隆起性病変は見られなかったものの、膀胱壁が全周性にやや肥厚していたかなあという印象をもちました。

(膀胱エコー像です:矢印の部分が肥厚していると思われる箇所です)


ただ、尿沈渣上で、赤血球1-4/hpfと異常なかったものの、白血球10-20/hpfと尿路感染の尿所見があったため、炎症による膀胱壁の肥厚像であろうと思い、尿培養の提出とともに抗生剤の処方と、生薬、漢方薬を処方しました。ただ、前医で数年来診てきているので、まずないだろうとは思いつつも、下部尿路症状をきたす悪性疾患で、頻尿や排尿時痛を起こす代表的なものとなると、膀胱上皮内癌なので、ここで否定しておかないとまずいことになるため、念のために尿細胞診もオーダーしました。
すると後日、否定するために施行された尿細胞診の結果が、な、なんと??classⅤで返ってきてしまったんです、、、、、。尿細胞診はPapanicolaou(パパニコロウ)染色によって、病理専門医が5段階評価で細胞の異型度を客観的に示したもので、通信簿と逆で、classⅠはもっともよく良性で、classⅤが最も悪い悪性という結果になります。通知が来て、すぐに患者さんへご連絡し、尿路造影CTと膀胱鏡検査を行うよう予定を早めて来院していただきました。あ、ちなみに尿培養の結果は陰性でした(細菌は同定されませんでした)。

(造影CT上、膀胱壁の肥厚像と、粘膜面の造影効果がみられています)


CT上では、上部尿路(両側腎から尿管)に異常所見なし。ただ、膀胱内にも一見明らかな隆起性病変は見られないものの、エコーでの印象と同様に全周性に膀胱壁の肥厚像と粘膜面の造影効果がみられていました。CT検査だけでは確定診断には至らなかったため、膀胱鏡を施行したところ・・・・?

(NBI:狭帯域光強調画像にて 境界不明瞭に乳頭状腫瘍が散在しています)


(通常の内視鏡像において;粘膜の発赤やむくみ、乳頭状腫瘍が散在しています)




膀胱内にはびまん性に広がる乳頭状腫瘍と粘膜の発赤と浮腫みがみられており、通常の膀胱腫瘍のような、茎のある境界明瞭な乳頭状腫瘍ではなく、いやな予感をしていた、膀胱上皮内癌の像を呈しておりました。患者さんには、頻尿や尿意切迫感の原因は、膀胱上皮内癌による膀胱粘膜の炎症と知覚過敏が原因であることをご説明し、すぐに病理診断のための手術(TUR-Bt:経尿道的膀胱腫瘍切除術)が必要であるため、ご希望の施設にご紹介させていただきました。後日、紹介先の主治医からのお返事には、尿路上皮癌でhigh gradeではあったが、上皮内癌ではなく、粘膜面に留まるpTa、G2>G3であったとのこと。しかし、臨床的には内視鏡所見からも上皮内癌として矛盾しないため、後日BCG膀胱注入療法を行うとのことでした。
これまでにも、男性に限らず、女性においても繰り返す膀胱炎や難治性の膀胱炎で受診された方の中には、膀胱上皮内癌と診断されるケースがそう多くはないにしても実際にあります。頻尿や尿意切迫感、排尿時痛や残尿感といった下部尿路症状においては、大半が過活動膀胱や前立腺肥大症、慢性前立腺炎、急性膀胱炎などの良性疾患であることは確かですが、数が少ない中でも今回の様に常に悪性疾患が背景に無いのかを見据えた上で診療を行っていかないと、とんでもない結末が待っていることを、自分自身も教訓として気を引き締めて行こうと思わされる症例でした。後日、患者さんからも長年にわたり悩んでいた原因がはっきりして、ありがとうございましたとご連絡をいただきました。医者冥利に尽きます。こちらこそ、なんとか大事に至らずに済みそうでほっとしています。