みなさん、性行為感染症の中でも梅毒感染者数が増加しているというニュースを耳にされた事があるかと思いますがいかがでしょうか?
2024年4月15日発行の国立感染症研究所疫学センターの報告によりますと、1948年から始まった梅毒発生の報告制度による報告数は1967年の11,000人をピークに減少傾向を示していたものの、2011年以降から再び増加傾向を示し、2023年には男女の合計で15,000人を超えるまでになり過去最高罹患数となっております。
増加の原因としては、はっきり分かっていないとした上で性風俗店の利用以外にSNS上でのマッチングアプリを使用した気軽に異性と出会える環境も一因となっているのではないかと議論されているようです。
当院でも陰部に関する皮膚症状は皮膚科受診されずに泌尿器科をまず受診されるケースが多い様で、梅毒は比較的多く遭遇する疾患です。今回は、梅毒1期で見かける陰部潰瘍である硬性下疳とヘルペス感染による潰瘍と鑑別困難であった一例を報告します。
30台の男性ですが、1か月前から出現した亀頭周辺の疼痛を主訴に来院されました。最終性交渉は半年前とのこと。理学的所見上では亀頭部の冠状溝に潰瘍形成をきたしており、疼痛もあることからまずは陰部ヘルペス(単純疱疹2型)を鑑別診断の1位としました。
冠状溝に有痛性の潰瘍形成を認める。この時点では陰部ヘルペスの診断であった。
ただし、病歴聴取から最終性交渉が半年前で、発症が1か月前との事から、経過が長いため梅毒の硬性下疳も鑑別診断として挙げられました。通常梅毒は痛みが無く、亀頭部に硬く触れるしこり(初期硬結)や両側鼠径部リンパ節腫脹(無痛性横痃)が所見としてよく見られます。よって、今回は有痛性の潰瘍形成であったため、単純ヘルペスに対する抗ウイルス薬を投与しながら、梅毒定性検査もオーダーし経過を見る事にしました。
単純ヘルペスとして治療後:潰瘍形成がより深く増大傾向を示していた。
1週間後の再診時に診察したところ、潰瘍はむしろ深く増大しており、また検査結果からもRPR(陽性)、TPHA(陽性)と両者が陽性であったため、梅毒感染の診断となりました。すぐさま梅毒の特効薬であるペニシリン系抗生剤を服用開始したところ、潰瘍はさっとなくなりました。
ペニシリン系抗生剤投与後:潰瘍部分は消失しています。
梅毒は長い時間軸に多彩な臨床像(1~4期)を呈するがゆえに”偽装の達人”と言われています。今回は梅毒初期の冠状溝の潰瘍形成を痛みのあるなしで判断してしまい、結果当初の診断はくつがえりました。無痛であることの多い梅毒でも潰瘍形成が深くなれば痛みを伴う事を学びました。
梅毒は幸いなことに、他の細菌と大きく異なるのは、いつの時代でもペニシリンがファーストチョイスで効いてしまう事にあります。すなわち、ペニシリンに対する耐性を獲得しないという最大のメリットがあるのが特徴です。他の細菌は抗生剤に暴露されるとすぐに菌交代現象をきたし耐性を獲得するのに、梅毒だけはペニシリンに対する耐性を獲得しないんです。不思議な梅毒起炎菌トレポネーマ・パリデュム。しかし、こんな100%の特効薬がありながらも、現代社会でまん延し続ける梅毒って恐ろしいですよね?あ、ちなみに梅毒感染者にHIV感染の合併が多くみられるため、梅毒感染者はHIVの検査も必須です!気になる方はお近くの泌尿器科もしくは皮膚科受診をお勧めします!